読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

qsonaのブログ

プログラマーです。Node.jsでのサーバサイド開発の国内事例を増やすのが目標。

まちがってもいいんだよ、の言葉が返ってきた話

夜中だけど不思議な気分で寝られなくなったので、そのことについてポエムを書く。

息子(3歳9ヶ月)、結構ミスを気にする慎重派で、
親の前ではやるけど他の人の前ではやらないことが多かったり、
何回か「違うよ、こうやるんだよ」的な指摘をすると、その後気にしてやらなくなったりすることが多い。

少なくとも2歳になった頃にはそういう性格が見えてきてたと思う。それで息子にはことあるごとに、
「まちがってもいいんだよ」 「失敗してもいいんだよ」 と言い続けてきた。

そのうち、本人は「まちがってもいい」という言葉を気に入ったらしく、いろんな場面で使うようになった。

たまに拡大解釈して、わざと間違ったり、いわゆる悪いことをした後に「まちがってもいいんだよ」とか言い出すけど、
そんな時も極力、「間違ってもいい」こと自体は否定せずに、違う方面で理屈をつけて(間違ってもいいけどわざと間違えるのは違うとか)話すようにしてきた。




今日、僕が息子と遊んでたら、僕の力加減のせいで息子が顔をぶつけて、怪我するほどではなかったものの、
よほどショックだったのか大泣きしてしまった。
だいぶ時間が経ってなんとかその場はおさまった。

夜、息子と一緒に風呂に入った時に、ぶつけさせちゃってごめんね、痛かったよねと謝った。

息子は最初はなんのことか忘れていたような素振りだったけど、少し経ってから思い出したようで、
「いいよ」と言った。

「おとうさん、まちがっちゃったんでしょ? まちがってもいいんだよ」




子育てはすごくやりがいのあることだけれど、少なくとも乳幼児期はフィードバックが少ないから、自分がやっていることが正しいのか間違ってるのかわからないのが難しいなと思う。
例えば僕は以前塾講師を長くやっていて、その時の経験は確実に子育てにも活きているけれど、それと確実に違うと言えるのは、あの時は模試や小テストという、自分の仕事の良し悪しを調べるわかりやすい指標があったのが、今はないということだ。

そして、子育てには上司やメンターのような、自分の子供に対する接し方を見てそれに対するアドバイスをくれる人もいない。だからどうしても自己流にしかならない。

だからだと思う、思いがけず自分の言葉が逆に子供から返ってきたということに、いたく心が動かされて、そして何かすごく不思議な気分に浸っている。